人間嫌いのゲイの日記

アクセスカウンタ

help リーダーに追加 RSS 生きても陳腐、死んでも陳腐

<<   作成日時 : 2006/11/01 01:26   >>

トラックバック 2 / コメント 8

私は、記事を公開したあと、自分の記事を眺めて
反論を考えるんです。
(そんなことしているから更新が遅いんでしょう)



―――自殺したら自分の本当の価値がバレると思うと
    怖くて死ねない。


でも、よくよく考えると、




私が死んでも、私の本当の価値はバレないかもしれないですよね。


人は往々にして思い出を美化しがちだから、両親ですら私の価値を示す
ような「証拠」に気づかないかもしれません。




さらに、「本当の価値」とひと言で言っても、その価値は値段を
つける人によって、また評価する観点によっても違うから、必ずしも
低い評価になるとは限りません。


私は、世間一般の感覚からして自分に価値があるとは思えませんが、
こんな私に価値を感じるような奇特な人も、いないとは言えません。





また、両親は私に16年という時間と、2000万円以上のお金を
費やしているのは重い事実ではあるけれど、



私が死ぬことが、必ずしも両親の貴重な時間とお金を奪う
とは言えないと思います。




たとえば、私が仮に死んだとしても、宗教は


「息子さんの死はご両親の人生にとって大変意味のあることなのです」

などと囁きかけるかもしれませんね。
これに両親は納得するかもしれないし、しないかもしれない。


そのうち、両親は

「息子が死んでくれたおかげで、全知全能の神・ホラエモンさまから
 幸せに生きるきっかけを与えられたのです!!」

とまで言い出すかもしれない。





要するに、自分の死後のことは、完璧な予想ができないのです。


私はひどく取り越し苦労をしていました。




「死後のことは分からない。だからこそ死んでみる価値はある」


ひょっとするとこういう結論もあり得るのかもしれません。










しかしちょっと考えただけで、この考えは容易に否定されます。




なぜなら、



私の死は、究極的に陳腐だからです。






人間が嫌いで引きこもるようになり、
そのまま自殺。



人生に絶望した青年が自殺。



自分を偽り続けた人間が、苦しくて自殺。



青年が同性愛を苦にして心を病んで自殺。




あまりにステレオタイプな、あまりに陳腐な結末では
ありませんか!


なんのヒネりもない、誰でも考えそうな最期!





しかも上に挙げたような種類の自殺は、
多くの場合報道されません。

公共性がないからです。




あまりに陳腐な私の死には、何の価値も公共性もないのです。





私は



生きても陳腐、死んでも陳腐



なのです。






そう考えると、死のうとすることが
バカらしく、また怖く思えてくるわけです。

(やっぱり人間の価値は死ぬときに決まるんですね)




なんだか、死ぬことについて考えれば考えるほど、
自分が実際に死ぬことから離れていく感じです。





「リストカットを繰り返す」という奇妙な表現が
よく見られるのもなんだかわかる気がします。


本気で死ぬときは、感情に任せて「えいっ」と行った方が
いいのだと思います。


死に自分から少しずつ近づこうとすればするほど、
実際の死からは遠ざかるものなのでしょう。






さて、死について考えたあげく、袋小路に陥った人間は
その先に何を考えるのでしょうか。





(余談ですが、自殺する思春期の同性愛者は一定数いるようです)
http://ww35.tiki.ne.jp/~yossyossy/w_ribbon1.html




「読んだよ」のクリックをもらえると嬉しいです〜
にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ
にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ


設定テーマ

関連テーマ 一覧

月別リンク

トラックバック(2件)

タイトル (本文) ブログ名/日時
死にたくない気持ち〜過失
「ああ、瀬戸際ってのはね、もちろん苦しいんだ。その上、苦しいのとは別に、その疲労 ...続きを見る
鬼渡り
2006/12/06 03:24
死にたい気持ち〜さよなら白衣
直治の遺書 姉さん。 だめだ。さきに行くよ。 僕は自分がなぜ生きていなければなら ...続きを見る
鬼渡り
2006/12/06 03:24

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(8件)

内 容 ニックネーム/日時
人間に死というものは存在しない。なぜならそのときあなたはこの世にいないから。って、哲学者の言葉。だから、死んだ後のことは考えても無駄ですね。遺書も無駄だと私は思います。自分の死を自分で確認できませんからね。だから、死ぬことをあーだこーだ考えているうちは死なない。
>死に自分から少しずつ近づこうとすればする>ほど、実際の死からは遠ざかるものなのでし>ょう。
って、その通りだと思います。私はメンクリ通いしてますが、医者に自殺願望を打ち明けても笑ってましたからね。自分で思っているほど自分は自殺の危険がないんだなぁって思いました。
yukipomme
2006/11/02 15:25
返事が遅くなりすみません。
コメントどうもありがとうございます〜

>医者に自殺願望を打ち明けても笑ってましたからね。

笑われちゃいましたか(笑)。きっとよくある話なのでしょうね。。お医者さんからしたら「またか」という感じなんでしょうか。


一匹羊
2006/11/04 02:03
この度、「読物屋本舗 読まれ筋ランキング」と言う新ランキングサイトがスタートします。
登録作品限定の新着記事情報なども備えていますので奮ってご参加下さい。

■■■■■■■■■■■■■■■■
読物屋本舗 読まれ筋ランキング
↓↓貴方の作品をご登録下さい
http://rank-net.jp/yomimonoya/
■■■■■■■■■■■■■■■■
読物屋本舗
2006/11/07 20:34
はじめまして。エッセイランキングからきました。
 私はあなたより一回り年上ですが、陳腐でありたくないという気持ち、自意識過剰な自分についても、よく分かります。せっかく学生なのだから、家にこもっていると損ですヨ。まとまったお金を持って世界旅行でもしてみられては如何でしょう。わたしの若い頃の苦い経験から言えることは、若いうちは知見が狭いゆえになおさら苦しさの中にとらわれて溺れてしまいがちだということ。自分をブラックシープだと感じ、辛かった気持ちは忘れていません。人との関係に対しての激しい屈託が人嫌いな自分をつくることはあると思います。でもほんとに人嫌いだったら悩みませんよ。孤島にでも暮らしてせいせいしてるはずです。
 しっかりした文章を書かれているのでつい読み込んでしまいました。また、記事を書いてくださいね。
 
ぺんぺん草
2006/11/29 18:53
シンプルなんだか複雑なんだか、おもしろい考え方をしてらっしゃいますね。自殺した患者さんには少なからず出会ってきましたが、この人は、この病気を抱えて生きていくのは本当に辛かったろう、本人は死んだほうが幸せだったのかもしれない。と思えてしまう人も中にはいました。苦しみ抜いて死ぬことはその苦しみが心だろうが身体だろうが陳腐ではないと思いますよ。

2006/12/06 03:23
はじめまして。先日自分は自己反省のブログを始めたばかりなのですが、もしよかったら私のブログに遊びに来て下さい。よろしくお願いします。http://blog.livedoor.jp/tabahiko
tabahiko
2006/12/28 20:22
おはようございます。日本反省協会と申しますが、お世話になっております。
こちらはよりよい反省のあり方について考えていくグループです。
もしよかったらリンクをお願いしたいので、どうかよろしくご検討下さい。
http://www.geocities.jp/jsea2007/  よろしくお願いします。尚、こちらが
連絡先です。 jsea2007@yahoo.co.jp
日本反省協会
2007/03/31 06:52
突然のコメントで失礼いたします。
ブログを拝見させていただきまして、是非とも協力をして
いただきたくコメントという形で、ご連絡をいたしました。
当サイトは「ブログで繋がるコミュニケーション」をテーマに
参加していただくブロガーの皆様を幅広く募集をしています。
ランキングを楽しんだり、さまざまなブログを拝見したり、
ブログを持っている方々のコミュニケーションの、
一つの引き出しとして、その場を提供したいと考えています。
当サイトの検索バーの横にブログの登録フォームがあります。
お手数をおかけいたしますが、ご賛同いただいて、ブログの登録を
御願いできれば幸いでございます。
是非、御願いします。こちらのサイトです。
http://www.p-netbanking.jp
よろしくお願いします。
magazinn55
2007/09/13 15:36

コメントする help

ニックネーム
本 文