人間嫌いのゲイの日記

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help リーダーに追加 RSS 自意識過剰すぎて死ねないんです 3

<<   作成日時 : 2006/10/26 19:38   >>

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「私が、この現実の世界で自分の価値をごまかし
 続けるには生き続けるしかないのだ」


16の私はそう思いました。




「死んだら、私が豊かな人間関係を築けなかったことや
 冷たい人間観・人生観をもっていたことがバレてしまう」







「別に死んだあと誰からどう思われようといいではないか」

「第一、死後に自分のことを思い出すやつなんていないだろう」



私は考えました。






自分が死んだら、クラスメイトは

「ふーん」とか
「人生に負けちゃったんだね」とか
「そんな風には見えなかった」とか

大して気にかけないだろうな〜

でも、「人生に負けちゃった」はちょっと悔しいな。



そうだな、N君とH君とS君は、もうちょっと踏み込んで

「そういえばよく考えると、一匹羊とこれといって思い出ないな」
とか
「ま、思い出してみると根暗そうなヤツではあったな」
とか
思うかもしれない。






こんな感じで、知り合いを思い浮かべながら、

なぜ、自分の本当の価値をバラしたくないのか考えました。



「負け犬と思われるのがイヤ」

「あいつは自殺するようなヤツだったのか。想像はつくけどね」
と思われると、今までのごまかしが無駄なような気がしてむなしい。


などの理由もありましたが、




一番は、


「両親に、本当の自分の価値を知られたくなかったから」です。



両親は、自分に関する情報をたくさん持っているはずですから、


「そういえばあの時・・・」

というように、
自殺という結果から、私の実態を明らかにする思い出を
多く持っている恐れがありました。
遺品を整理するのも両親です。





私は、「両親の中の自分」を守りたくて仕方がありませんでした。



両親は私に16年という時間と、2000万円以上のお金を
費やしているのです。


この事実はあまりに重いものでした。



死ぬことで2人の人間から、莫大な時間とお金を奪うだけでなく、

「私が本当は価値のない人間だった」と知らせるのですから、

踏んだり蹴ったりなわけです。


私にはそんなことはできません。





「他人の中の自分」が自分の行動の足かせになることは
よくあることでしょう。


そうだからこそ、私たちはしばしば全く新しい人間関係の
中で自分のしたい行動をするのです。
(あえて遠くの学校に行って○○デビューなんかはよくありますね)



ところが、自分の行動を制限しているのが「両親の中の自分」で
ある場合は、一生ついて回るものですからね。
断ち切るのは難しいことだと思います。





「リセットしたかった。」

と言って、
家に火を放ち、母親と兄弟を殺した高校生が
中等少年院に送致されるようですが、


彼は本当に家族を殺したかったのではなく、


家族を殺し、家を焼くことで、自分、とりわけ

「家族の心の中の自分」を殺した
かったのではないかと私は思っています。



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